「東中欧」カテゴリーアーカイブ

アウシュビッツへ向けて(ポーランド編)

 ポーランドへ来た目的は一つ。かの有名な
アウシュビッツ強制収容所を訪れる為である。
日本人の多くはアウシュビッツがドイツに
あると思っているらしいが 実際はポーランド
の古都クラクフの近くのポーランド名
「オシヴィエンチム」という小さな村を指す。

 収容所の見学は誰でも簡単に出来るクラクフ
駅前のバスターミナル からオシヴィエンチム
行きのバスに乗る。朝八時ごろの便に乗る方が
ビルケナウというもう一つの強制収容所跡も
見学できる 時間を作れるので良い。勿論、
バスターミナルで群がって来るタクシー運転手
は無視学生だから金が無いといっても、学割
料金にしてやると話を持ち掛けてくるるが、
バスとは比べ物にならない上にまともに英語が
話せないのに英語のガイドが 出来るという
物だから厄介だ。注意点をもう一つ挙げると
オシヴィエンチムで降りる際、バスの運転手
に帰りの便の時刻を聞いておくと見学の際、
目安になる。

アウシュビッツ強制収容所(オシヴィエンチム)

 ”ARBEIT MACHT FREI (働けば自由になる)”
という この収容所の門のこの言葉に騙され、
殺された人の数は400万人とも・・・。
 この門から再び出てくることを夢見ていたに
違いないのに、ほとんどの人が 出てくる事が
なかった。
 世界遺産には”負の遺産”として登録されている。

ビルケナウ強制収容所”死の門”(ビルケナウ)

 この収容所の入り口「死の門」を鉄道の
引込み線 が通っている。多くのユダヤ人が
貨物列車で運ばれここを通っていった。
 そして、この先には当時のまま、煉瓦造り
の収容棟が未だに立ち並んでいる。
 私は一歩中に入った瞬間、寒気がした。
「シンドラーのリスト」という映画でここが
映っていたのではなかったか?

怒涛の東欧縦断(東欧編’95)

1994年の一人旅でプラハを見てしまった
私は欧州の割に低い物価、査証(ビザ)が
旅券(パスポート)に残るので、とても
かっこいい、周りに東欧に行っている人が
いない ので珍しがられそう・・・等々の
くだらない理由で1995年8月15日関空から
モスクワ (泊)経由で翌16日ワルシャワへ
これまたチケットだけ取って旅立ちました。

しかもどうせ行くなら、北から南まで制覇
しようとたくらんで・・・縦断を決意。

・アウシュビッツへ向けて (ポーランド編)
・プラハ幻影 (チェコ編)
・旧ユーゴへの誘惑 (オーストリア編)
・偶然 (スロヴェニア編)
・渡航自粛勧告 (クロアチア編)
・ドナウを眺めるといふ事 (ハンガリー編)
・ラテンのノリってこれ? (ルーマニア編)
・どんぶり勘定 (ブルガリア編)